2026年4月7日、サウジアラビアの研究機関であるKAUST(King Abdullah University of Science and Technology)のMingchen Zhugeらを筆頭に、Meta AIの研究チームを含む19名の著者からなる論文「Neural Computers」がarXivに投稿された。
Neural Computers「Neural Computers」というのは、なんだか1960年代の論文といわれても違和感のないような古風なタイトルだが、中身はAIエージェント全盛の現代の次の計算機を構想する最先端のものとなっている。このギャップも刺激的だ。
ラストオーサーは、1990年代から「世界モデル」や「AIの自己改善」などに関する先駆的なアイディアを次々と提唱していたことで知られるJürgen Schmidhuberである。今はKAUSTの教授職とIDSIA(スイスAI研究所)のScientific Directorを務めている。
SchmidhuberとDavid Haが2018年に共同発表した「World Models」という論文があるが、両者に共通するのは、手元で実装できた面白い結果を報告しつつも、その先に広がる世界を、「World Model」や「Neural Computer」といった極めてシンプルな概念とともに構想してみせている点だ。世界観提示型論文とでも呼べるだろうか。
この論文が非常に面白く、かつ自分がこの間、記号創発システム論などとの関連で考えてきたことに関連が深いため、簡単に感想文を書いてみる。
Neural Computerとは何か
この論文が提案するNeural Computer(NC)とは、一言で言えば「モデル自体がコンピュータになる」という構想である。
論文はSection 4の冒頭(Figure 9)で、人間とコンピュータの関係が歴史的にどう変化してきたかを図示している。従来型コンピュータ時代には人間がコンピュータを直接使い、エージェント時代にはエージェントがコンピュータを仲介し、予測のための世界モデル(world model)が参照される。これがNCの時代になると、エージェント、世界モデル、コンピュータという機能が一つのモデル(「学習済みランタイム」)に統合されるという。

出所:Mingchen Zhuge et al., “Neural Computers,” arXiv:2604.06425 (2026). https://arxiv.org/abs/2604.06425 Fig.9
この図を見ると、NCが「エージェントの強化版」でも「コンピュータの上に乗る賢いレイヤー」でもないことがわかる。論文の言葉を借りれば、NCは外側から既存の構造を置き換えるのではなく、分かれている機能を一つの学習機械の内側に取り込む。
なお、この論文はニューラルネットワークのハードウェアについての提案ではない。実際、この研究でのNCの実装も普通のGPUを用いて行われている。David Marrの三階層(計算論/アルゴリズム/実装)でいえば、実装は何でもよい。そのうえで、同じ計算を実現するために今までと異なるアルゴリズムを提示している、という捉え方ができるだろう。
このビジョンのもと、本論文ではその第一歩となるNCを作って見せている。具体的には、ビデオ生成モデルを転用してコンピュータの画面動作を再現する、二つのモデルを作っている:
- NC_CLIGen:ターミナル操作をテキストプロンプトと初期フレームから動画として生成。
- NC_GUIWorld:デスクトップ環境でのマウス・キーボード操作を入力として受け取り、次の画面フレームを生成
どちらも、コンピュータの「見た目の動作」をニューラルネットが内部化できるかの実験となっている。

出所:Mingchen Zhuge et al., “Neural Computers,” arXiv:2604.06425 (2026). https://arxiv.org/abs/2604.06425 Fig.1
これらはNCの構想の中ではあくまで第一歩にすぎず、将来的には、計算・メモリ・I/Oのすべてを学習されたランタイム状態の中に統合した「Completely Neural Computer(CNC)」の実現を目指すという。
私がこの論文を読んで最初に思ったのは、「とても面白い」けど、「すぐには役に立たなそう」だということだった。その理由を、以下で書いてみたい。
計算パラダイムの三段階
谷口忠大は近著『現代社会を生きるための AI×哲学』(ブログ筆者も共著者として加わった)において、3段階の計算パラダイムという整理を発案した。それによると、AIがどのように情報を処理してきたかという観点から、その歴史を大きく三つの段階に分けて捉えることができる。

出所:『現代社会を生きるための AI×哲学』p.53
- 第一段階:記号的AI(1950年代〜): AIは、チューリングマシンや数理論理学に端を発する「記号的AI」から始まった。デジタルコンピュータが扱う情報は、メモリに格納された0と1のビット列、つまり離散的で曖昧さのない「固いトークン」だ。記号的AIはこの仕組みを直接知能の実現に応用しようとした。人間がルールと知識を明示的に与え、コンピュータはそれに従って推論する。強力なアプローチだったが、現実世界の不確実性や曖昧さを前に壁に突き当たった。記号接地問題、フレーム問題、知識獲得のボトルネックといった根本的な課題が、その限界を示すことになった。
- 第二段階:機械学習(2010年代〜):その限界を乗り越えようとしたのが機械学習だった。知識を人間が直接プログラムするのではなく、大量のデータから統計的なパターンを帰納的に学習する。情報は固いトークンではなく高次元のベクトルとして表現され、処理は連続的な数学空間の中で行われる。不確実性や曖昧さを許容する「柔らかい情報処理」のパラダイムだ。2010年代の深層学習がこの流れを決定づけた。もっとも、この「柔らかい情報処理」も、その実行基盤は第一段階のデジタルコンピュータの計算能力に依拠している。
- 第三段階:生成AI(2020年代〜): 2020年代に本格普及した生成AIは、深層学習の延長線上にありながら、質的な飛躍を遂げている。特徴は、自然言語のような「柔らかいトークン」を柔軟に処理・生成できる点にある。「柔らかいトークン」とは、単語やその一部を、文脈に応じて意味が動的に変化する高次元ベクトルとして表現したものだ。少しでも構文が違えばエラーを起こす固いトークンとは対照的に、多少の曖昧さや誤りを含む自然言語を柔軟に解釈できる。チューリングマシンのテープに書かれた「固いトークン」が、人間の言語のような「柔らかいトークン」に置き換わったとも言える。
Neural Computersが目指すのは、固いトークンでの情報処理を、柔らかい情報処理でエミュレートしようという逆転の発想に見える。
なぜ、直近ではNCは役に立たないように思えるのか
谷口はAIの歴史的発展に沿った「段階」として3つの計算パラダイムを描いたが、2026年現在のAIの世界を席巻しているのは、むしろ「柔らかいトークンと固いトークンの両刀使い」であるように見える。固いトークンも依然として有用なのだ。
固いトークンの強さは、その安定性にある。これは、デジタルのビットがノイズに強いという意味での物理的な安定性だけでなく、トークンの「意味」が揺らがないという意味論的な安定性を含む。つまり、従来型のコンピュータでは与えた指示は「水も漏らさぬ」精度で実行される。別の言い方をすれば、ある符合(コード)があらわす意味を定める符号表(コードブック)が確定している。だから、信頼できる。
一方で、固いトークンの弱みはその融通の利かなさにある。一度「バグ」が生じると、思った通りに動かず、システムは失敗する。また、プログラムそのものに新しいプログラムを生み出す能力はふつうはない。だからこそ、「柔らかい」知能の持ち主である人間がプログラムを書き、書いたプログラムのデバッグを行う。自然言語というのは意味が確定しておらず、その意味論的な揺らぎが想像力のもとともなる。この固い符号の世界と柔らかい記号の世界の橋渡しをする専門職としてのソフトウェアエンジニアリングが、一大産業となってきた。
そして今、大流行のClaude Codeなどのコーディングエージェントは、まさにこの柔らかいトークンと固いトークンを使いこなすハイブリッドであると言える。私は昨年末にCursorに触り始めて、このある種の「自然言語と形式言語のミルフィーユ構造」の威力を感じている。自然言語での思考がめぐって形式言語でのプログラムを書き、それが走って実行し、何らかのドツボにはまり込むと、再び自然言語のリーズニングがそこから救出する。それによってどこまでも行ける感覚がある。
これまで「人間+コンピュータ」が、そして今では「コーディングエージェント+コンピュータ」が実現してきた知的能力の本質は、固い符号と柔らかい記号のサンドイッチないしミルフィーユ構造にあると私は思っている。デジタルコンピュータの離散的・決定論的なシンボルと、ニューラルネットの連続的・確率的な表現が組み合わさることで、初めて強力な知的システムが成立してきた。
ここで、Neural Computerの話に戻ろう。言ってみれば、NCとは固いトークン使いの部分も含めて、ニューラルネットワークという柔らかい情報処理に取り込んでしまおうという企てである。人間の脳がコンピュータにアウトソースしていた「水も漏らさぬ符号操作」を、自由度が高いが不安定な潜在空間の中でエミュレートしようというのだ。これは果たしてうまくいくのだろうか。
前掲のFigure 9は現在のエージェント+コンピュータという構造を「分かれている(split)機能」として描き、それをNCが統合するというビジョンを提示している。しかしそのsplitは乗り越えるべきものではなく、固い記号と柔らかいトークンのサンドイッチ構造という積極的な強みに見える。この図では左端には常にHumanが残されているが、むしろ世界モデルを備えたエージェントがコンピュータとの二者結合の中で完結してしまう未来のほうが想像しやすいと思ってしまう。

ブログ筆者により想像しやすい未来
本論文は、Neural Computersが本当の意味でのCNCになるうえでの未解決課題の一つとして「Symbolic Stability」を挙げる。実際に、CLIの実験でも、普通の訓練をしたNCモデルは単純な算術も「CLIもどき」の中で間違える。NC_CLIGenの算術プローブ精度は4%であり、ベースのWan2.1が0%だからわずかに改善はしているが、人間が瞬時に解ける問題をほぼ全滅している。これはそれはそうなるだろうという結果だ1。人間がコンピュータの力を借りないとできないような論理的・手続き的な情報処理が、NCだけでできるようになるとは俄かには思えない。
しかし主著者のZhuge氏はブログにて、「実際のNeural Computerはまだ3年先だろう」との攻めた予想をしている。どうなるかとても楽しみだ。
Completely Neural Computerという概念が問うもの
本当にNC的なものが使われるようんあるかはともかくとして、科学的なアイディアとしては非常に発想を掻き立てられるものがある。NCがCNCに至るために何が必要か、と考えることには、無数の研究テーマが詰まっているように思われる。
論文はCNC(Completely Neural Computer)だと言えるための要件を四つ挙げている。①チューリング完全であること(特定タスクに限定されず一般的な計算を表現できる)、②普遍的にプログラム可能であること(入力が単発の動作トリガーではなく、後から再呼び出し可能なルーチンとしてランタイムに「インストール」できる)、③明示的に再プログラムされない限り挙動が一貫していること(暗黙のうちに機械が変化しない)、そして④従来型コンピュータを模倣するのではなく、NCに固有のマシン意味論を持つこと。この論文で示した二つのプロトタイプに対しては、著者たちは、①チューリング完全には端緒に触れた程度、②普遍的プログラマビリティはほぼ未到達、③挙動の一貫性は限定的な設定のみで成立、④マシンネイティブな意味論もまだまだこれから、と評価している。
この意味でのCNCが一つのモデルの中にできるためには、従来型コンピュータが使っているような固いトークン、なかでもプログラミング言語のような固い意味(コードブック)が確定したコードがないといけないように思われる。しかもそれを「外」から与えるわけにはいかない以上、それは中から「創発」しなければいけない。加えて、記号創発システム論が言う意味での記号も創発しなければならないだろう。
記号創発システム論(概略は記号創発スタディノートを参照)が主張してきたのは、記号の安定性、つまりある記号が特定の意味を安定して担い続けられるという性質は、個体の内的表象と社会的な相互作用のループの中で生まれるある種のプロセスであるということだ。これは、一個の認知システムが単体で達成できるものではなく、コミュニティとしての集団的なダイナミクスによって担保される。
こう考えると、CNCの中で起こらなければならないのは、人間の技術者コミュニティのようなものが立ち現れ、一定の合意のもとにプログラミング言語をつくり、それをロバストに動かしていくような社会的なダイナミクスではないだろうか。それがNCのなかでできて初めて、「Symbolic Stability」が担保されるのではないか。
こう考えると、CNCというのは、人間と機械のインタラクションを包含するある種の「社会」を一つのニューラルネットワークの中に取り込めるか、という問いに帰結するように思われる。

参考文献
- Mingchen Zhuge et al., “Neural Computers,” arXiv:2604.06425 (2026). https://arxiv.org/abs/2604.06425
- Mingchen Zhuge, “Neural Computer: A New Machine Form Is Emerging,” metauto.ai, April 7, 2026. https://metauto.ai/neuralcomputer/index_eng.html
- 谷口忠大(編)『記号創発システム論』新曜社、2024年
- 記号創発スタディノート、note(連載) https://note.com/symbol_emerg/
- 谷口忠大・鈴木貴之・丸山隆一『現代社会を生きるための AI×哲学』講談社、2026年2月 https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000423344
-
むしろ論文では、Soraが意外なほどスコアが高かったことを報告しており、興味深いポイントに一つとなっている。 ↩