Empire of AI: Dreams and Nightmares in Sam Altman's OpenAI (English Edition)

Empire of AI: Dreams and Nightmares in Sam Altman’s OpenAI (English Edition)

  • 作者:Hao, Karen
  • Penguin Press

Amazon

「今、一番気になる企業」を聞かれたら、OpenAIをあげる人は多いのではないだろうか。

私たちはOpenAIを「外」から見てきた。2010年代は、イーロン・マスクらが立ち上げた鳴り物入りの研究NPOとして。2020年初頭は、GPTという新しいテクノロジーのパイオニアとして。そして2022年冬からは、ChatGPTの会社として。過去3年間は狂ったように新しいプロダクトを世に出し、私たちは固唾をのんでその発表を見守るようになった。

一方で、何やらゴタゴタしている様子も「外」にも漏れ伝わってくる。一番鮮烈だったのは、2023年11月のサム・アルトマンの解任騒動だろう。それ以外にも、急に大勢の幹部が辞めたり、訴訟が起こされたり、元従業員によるOpenAIの統治体制の変更に反対する公開書簡が出されるなど、スキャンダラスなニュースにも事欠かない。

もともとは「人類に資するAGIをつくる」ことを掲げ、非営利組織としてスタートしたOpenAIだが、彼らが目指すAGIとは何なのかははっきりしない。AIの安全性が大事と言いつつ、安全性のチームが大量に離反するなどもしている。いったい、OpenAI、そしてそれを率いるサム・アルトマンは、どこを目指しているのだろうか。

***

アメリカのジャーナリスト、カレン・ハオ氏による『Empire of AI: Dreams and Nightmares in Sam Altman’s OpenAI』は、そうしたOpenAIの実態を、徹底的に「中」から描く。ハオ氏のOpenAIへの取材は7年におよび、「約260名への300件以上のインタビューおよび膨大な書簡や資料」をもとにまとめたという。OpenAIの内部文書や社内Slackもふんだんに入手し、500ページ超(そのうちの約半分が注記)のノンフィクションに仕上げている。

当然、OpenAIやアルトマンが承服した内容ではない。アルトマンは4月4日のツイートで、これからいくつかの本が出るが、大きく事実を捻じ曲げているものもある、と述べているが、本書が念頭にあったと思われる。

本書は、OpenAIでこれまで起こったことの裏側を丹念に描く。そのごく一部を挙げれば:

  • 2015年のOpenAI創設の経緯。デミス・ハサビスに対抗心を燃やしていたマスクに、アルトマンが新しい研究所設立を持ちかけた経緯。
  • OpenAIのトップを決めるにあたり、サツケバーとブロックマンが最初はマスクを推したが、後にアルトマンにつき、2018年にマスクが資金とともに引き上げた経緯。
  • OpenAIが組織として成長する中で、社員の志向性が、基礎研究をとにかく進めたい「Research Clan」、来るAGIの安全性を何より重視する「Safety Clan」、プロダクトをいち早く世に出そうとする「Applied/Startup Clan」に分かれていく様子。
  • 2020年のアモデイ兄妹の離反の経緯。本書では「The Divorce」と名付けられる。
  • 2023年11月のアルトマン解任は、社外ボードメンバーではなくサツケバーとムラティの側から慎重に持ち出されたものであったが、社員からの思わぬ反発によって一夜にして二人がアルトマン復帰側についた経緯。
  • 2024年、離職者のエクイティ問題、Superalignmentチームの事実上解散、スカーレット・ヨハンソン問題などで社内が大混乱状態になっていく経緯。

***

書かれていることが完全に真実であるかどうかは、著者の職業倫理を信じるしかない。ハオ氏は2020年初頭にOpenAIに3日間の滞在取材をもとに、同社に対する批判的な記事を下記、その後3年間はオフィシャルな取材を断られている。しかし、ここまでの内部情報を入手できたという自体が、OpenAIの関係者のなかに、同社に対する問題意識を強く持つ人が多くいることをうかがわせる。

本書はとりわけ、サム・アルトマン個人の人間性にも焦点を当てる。アルトマンは「卓越した傾聴力をもち」、「相手の望むものを差し出す能力」が高い一方で、自分の都合のよいように状況を作りあげる(devilishly capable of bending situations to his advantage)能力が高い、とも表現されている。彼が重ねる微妙な嘘に翻弄され、次第に離反したり反旗を翻すOpenAIの幹部たちが、本書には何人も登場する。

***

こうした経営者のパーソナリティの難や、企業幹部の方向性の不一致などは、どの企業にも多かれ少なかれあることだろう。しかし本書は、著者が「本書は一企業の話ではない」というように、より大きな物語を描こうとしている。OpenAIという企業が全世界に影響として、南米やアフリカでデータアノテーションの労働に従事した人々、データセンターのための資源採掘がもたらしているいびつな産業的な状況など、極めて多角的にAI産業の影響、そしてOpenAIがどのようなグローバルな労働やリソースの集約によってその事業を可能にしているのを描いている。

なぜ、OpenAIという一つのスタートアップがここまで世界を揺るがす力を持つに至ったのか。それは、サム・アルトマンがイーロン・マスクとともに「AGIを人類のために作る」という大きなビジョンを打ち出し、そのビジョンを信じる優秀な研究者を大勢誘引しながら、ビジネス的な価値を語ることで巨大な資本を取りこむことができたからだった。こうしたOpenAIの在り方を、著者は「帝国」になぞらえる。

この間(の取材)を通じて、AI業界の権力者たちを正しく捉える比喩として私がみつけることができたのは「帝国」だけだった。ヨーロッパの長い植民地支配時代において、帝国たちは自らのものではない資源を奪い、労働力を搾取して資源を採掘・栽培・精錬し、自らの富を蓄えた。

Over the years, I’ve found only one metaphor that encapsulates the nature of what these AI power players are: empires. During the long era of European colonialism, empires seized and extracted resources that were not their own and exploited the labor of the people they subjugated to mine, cultivate, and refine those resources for the empires’ enrichment. p.4

たしかに、マクロにみれば帝国主義、植民地主義と似て見えるのかもしれない。ただ、本書で描かれるサム・アルトマンやその周囲で起こったことはどちらかというと、戦国武将とその家臣たちのようにも見えてくる。Google、DeepMindという共通の仮想敵を想定して旗を揚げるマスクとアルトマン、やがてアルトマンと道をたがえるマスク、アルトマンを排除しようと動くも失敗し、一人ずつ辞めていく幹部たち。こうした、ミクロな「内輪の事情」が、OpenAIという組織の動きに反映し、それが全世界にまで影響が及ぶ。この構図を、恐るべきディテールで見せてくれる。

***

本書の描くサム・アルトマン像やOpenAI像が偏っているとみる人もいるだろう。本書を読んでもなお、アルトマンやOpenAIのビジョンを信じ、期待し続ける人も多くいるはずだ。私自身、OpenAIが次にどのような技術を繰り出してくれるのか、楽しみにしているところもある。

しかし、AI技術の行く末に関する美しくスマートなナラティブの舞台裏で、たぐいまれなパワーシーキングの才覚の持ち主たちのエゴと切り離せないドラマがあること。それを本書を通して知ることは、単にゴシップ的な好奇心を満たす以上の、現代を生きる私たちが共有してよい一つのリアリティではあるはずだ。