2026年春、コーディングエージェントの登場と普及によって、「一人でできること」が増えた。いままでなら、「やり方が分からないからできない」「やり方を調べる時間がないからできない」「やり方はわかるけど面倒すぎるからできない」ということが、「誰かができたらしい」という情報さえあれば、ほぼできるようになった。こんな技術的環境が訪れるとは思わなかった。
こういうことを書くときに常に留保を置きたいのは、これが「当たり前」になり切るかどうかわからないということ。できなかったことをできるようにしてくれている物理的実体は、データセンターの中のGPUが行う膨大な積和演算であり、私のようなユーザーの需要に追いつくために、今狂ったようにアメリカではデータセンターが増築されている。これが世界の「インフラ」になり切る未来は想像しにくく、どのように落ち着くのかはまだ分からない。しかしこれは今日の話ではない。
一人でできることが増えたということは、人に頼らなくてもよくなったということだ。プログラミングができる友人、デザインが仕事の親戚、ある業界に詳しい同僚、そうした「ちょっとした技術や知識」を持つ人が周りにいなければできなかったことが、AIに聞けばできるようになった。もしくは、インターンやアルバイトを数人雇って回していた仕事を、自分一人で回せるようになった。
ウェブサイト運営を例にとってみよう。大学の研究室や企業のウェブサイトは、これまでであれば詳しい大学院生、アルバイト、情シス部門、外注先のエンジニアといったチームによって設計・運営されてきたことだろう。しかしコーディングエージェントの時代には、研究室を主宰する教授自ら、企業を経営する社長自らが、ウェブサイトを自分好みに設計し、かつ日々の運用もできるようになる。これまではなかなか自分の思うようなサイトにできなかったり、更新を依頼して反映されるまでに時間がかかっていたものが、自分の意のままになる。いわば、自分の庭を自分一人で手入れできるようになった。
その教授や社長の下で「他人の庭の手入れ」をしていた人たちからすればどうか。仕事を失うともいえるし、その仕事から解放されるともいえる。彼らも「自分の庭」を作り始めるかもしれない。AIエージェントを従えて。
1年くらい前から脳裏に浮かんでいるビジョンがある。それは、AIの普及によって、人と人の距離が遠くなっていくというイメージだ。誰かの庭の世話から解放された人々が、AIの力で自分の立派な庭を作ることに熱中し、膨張宇宙の銀河系のように、お互いから離れていく。充足しているかもしれないが、少し寂しい。
そうならないために考えられるのは、「私たちの庭」を共同で作り、世話する世界だろう。集団として庭のオーナーになり、その世話人としてAIエージェントたちの手を借りる。理想に聞こえるが、これは案外難しいと思う。自分の一声で、日本庭園を西洋庭園に造り変えることができるし、相手には元のコピーを残すこともできる。この力を手にして、自分だけの庭を作りたい誘惑と戦うのは簡単ではないからだ。